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Miyajima News

2012年6月24日

間(ま)

【H24年(2012年)6月のコラム(第137号)】





紫陽花の季節になると、丹波あじさい寺の住職、小藪じつえいさんを思い出します





1.間(ま)



 6月3日の日経新聞に、女優の梶芽衣子さんが昔、師匠の増村保造監督(故人)に

「もっといい女優になるには、どんな作品を見ればいいでしょうか」と教えを請うたところ、

「外国映画より歌舞伎を見ろ」と言われたと書いてあった。歌舞伎には「間(ま)」という

ものがある。それを学んで芝居に生かせということだったようである。



 そういえばこの「間」という言葉、私の親父がしょっちゅう口にする言葉である。



父は現在70歳。

たしか十代から始めたとか言っていたが、かれこれ50年も詩吟をしている。

「継続は力なり」というが、これは本当にすごいことだ尊敬している。

父の詩吟は子供の頃からいつも家の風呂で聴かされていたので(笑)、

門前の小僧なんとやらで、自分も少しは詩吟の上手い下手がわかるのだが、

そんな父がもっとも大事にしていることが、この「間」ではないかと思う。



父は音楽が好きで、よく小澤征爾などのクラッシックも聴いているが、

「ここの“間”が、小澤はなんとも言えんのやなあ・・・」とわかった風なことを言っている。

また、“立て板に水の如し”というような流暢な挨拶を聞いた時には、

普通の人が「素晴らしい挨拶でしたね」とかお世辞(?)を言っているのに、

「あんな挨拶は、“間”がないからあかん」とか一人毒舌を垂れている。



そういう親父が実は好きである。



「間」は「呼吸」、「緩急」、「メリハリ」のようなものだと思うが、

「味」とも言えるかもしれない。



僕のようなおっちょこちょいの未熟者に語る資格は微塵もないが、

見た目や聴き心地がいいだけのものよりも、どんくさくてもいいので、

「間」や「味」のある話、仕事がしたいと思う。



さて、自分も歌舞伎を観るかなあ!











(クリックするとPDFファイルが出ます)



私の中学校卒業の時の学年新聞に、父がPTAとして書いた文章が出てきました。

なんと35年も前の文章です。(ということは父は当時35歳)

ここでも父は「間」の話を書いていましたが、息子ながらいい内容だと思います。



└誠一郎のコラム