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Miyajima News

2012年5月12日

君看よ、双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり

【H24年(2012年)5月のコラム(第136号)】





            《車窓からの景色 ドイツにて》

Eisenach から Hannover へ向かう車中、遠くに風力発電の風車がたくさん見えます



1.君看よ、双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり



 東京や大阪に出張して、人通りの多い交差点なんかを歩いていると、ふと「この人達にも

それぞれ仕事や家庭があって、みんないろいろ大変なんやろなあ・・・」と思うことがある。



人はつまるところ孤独である。



苦しみの中にある時、もしかしたらこんなに大変なのは自分だけではないか?

と思ってしまうことがある。周りの人を見回してみても、みんな幸せそうに見える。

でもそうではない。人は何も言わないだけで、実はそれぞれ悩みや苦しみを

持っているものですよ・・・というのが上の言葉の意味である。

昔この言葉に救われたという、或る会社の社長さんに教えていただいた。



先日久しぶりにテレビで「阪急電車」という映画を観ていて、この言葉を思い出した。

電車の中にも沢山の人が乗っている。そしてそれぞれ苦労や悲しみを背負っている。

その人達がふとしたことで接点をもち、「人生の妙味」というか、そんな出逢いをする

「何気ない日常」がこの映画のシーンである。

世の中は、孤独だけれども、捨てたものでもない。そんなことを感じさせてくれる、

ほのぼのとしたいい映画だった。



  



作家の伊集院静さんが「続・大人の流儀」という本の中で、こう書いていた。



「世の中というものは不幸の底にある者と幸福の絶頂にある者が隣り合わせて

路上に立つことが日常起こるものだ。だから大人はハシャグナというのだ。」と。



まさに「大人の流儀」として、心すべきことだなと反省した。





======= 田植えの季節の田んぼから「青龍山」を望む =======

  水面に映る山の形がまるで「くちびる」のようで、思わず写真を撮りました





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