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Miyajima News

2011年5月1日

タニサケ 松岡さん

【H23年(2011年)5月のコラム(第120号)】





我が人生の師、(株)タニサケの松岡浩会長と「念ずれば花ひらく」碑の前で



1.タニサケ 松岡浩さん



 今までいろいろな人とお会いしてきたが、初対面で名刺交換をした途端に

「あんた、ぜんぜんあかんな?」

と言われたのは後にも先にも唯一度だけである。

それが岐阜県のタニサケの会長、松岡浩さん。2006年9月のことである。

一緒に隣にいた滋賀県産業支援プラザの谷口さんが、「この人なにを言うんや?」と

びっくりし、僕の反応を見つめておられたが、ここで怒ってはなるまいと気を抑え、

「私のどこがいけないのですか?」と訊いた。



 そしたら松岡さん、私の顔を見つめて

「社員の尻を数字で追っとる社長の顔しとる」

と言われたのである。いやはや、まいった。その通りだった。達人とはこういうものか?



 「ではどうしたらいいのですか?」という更なる私の問いに対し、松岡さんは

「今日ウチに帰ったら、一番にお父さんお母さんのところへ行って、『今まで言うこと

きかなくてすみません』と謝ってきなさい」と仕事とは全然ちがうことを言われた。

もうここまできたら言うことをきくしかない。

家へ帰って隣の母屋へ行き、「あのな、今まで言うこと聞かん息子ですまんな」

と渋々言ったのだが、そんなこと親父もお袋も覚えてないだろうなあ・・・。



とにもかくにも、以来松岡さんは私の師匠として、時々ご尊顔を拝している次第である。



 その松岡さんが、まったくのボランティアで開催されているタニサケ塾という1泊2日の

研修会がある。それにやっと3月に参加させていただくことができた。

あれから4年半、少しはマシな社長になれただろうか・・・と自問自答しながら参加した。

でも参加させていただいて本当によかった。

最中、わざわざ遠く福岡から最年少で参加していた一人の男子学生と、なぜかよく話をした。

彼の祖父が昔タニサケさんで働いておられたご縁で参加したとのこと。それも「自費」で。



 その後、すぐに一通の手紙が届いた。その大学生からだった。

僕と逢えてよかったと丁寧な字で書いてあった。更にはお母様からの手紙も添えてあり、

息子がイキイキした顔で帰ってきた。思い切って参加させてよかったと書いてあった。

人に喜んでもらえることが、こんなにも幸せなことだったとは。

その手紙は僕の一生の宝物である。それもこれも松岡さんのおかげ。



ありがとうございます、松岡さん!!





         谷汲山の「奥の院」まで登って記念撮影





タニサケさんの社内報「フレッシュタニサケ260号に掲載していただきました

(クリックでpdfファイルにジャンプします)



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