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Miyajima News

2007年3月23日

森脇先生「最終講義」・アレテー

【平成19年3月のコラム(第66号)】
森脇先生1
1.森脇先生「最終講義」
私の大学時代の恩師、森脇俊道先生が定年退職されることになり、その「最終講義」が2月19日(月)神戸大学百年記念館 六甲ホールで行われました。
森脇先生は前工学部長を務められ、また超精密加工の分野では日本を代表する一人といわれる研究者で、さすがに会場は学生はもちろん、大手工作機械メーカの社長さんや技術者あるいは他の大学の先生方など、多くの人で埋め尽くされていました。
ちなみに私は生産機械工学科の学生だったのですが、一般的に理系の学生は専門の勉強や卒業研究でとても忙しいと言われる中、実はほとんどゼミに顔を出さず、いわゆる「不良学生」でした。
ですから私が大学院(修士課程)への進学を相談した時、「君は来んでもいい」と一言で断られたのは言うまでもありません(^_^;)
そんな私にも、森脇先生は実に厳しく、しかし熱心にご指導下さりました。
4回生の時、森脇先生の部屋に呼び出され「君は本当に卒業する気があるのか?」とど真剣に怒られたことは、申し訳ないと反省すると同時に忘れることのできない思い出です。
お陰様で卒業論文もなんとか形になって無事卒業、社会人になることができたのです。
でも私に関していえば、大学院など行かず、すぐに社会の現場へ出たことが、今となってみれば本当によかったなあと心から感謝しています。
ところで話は戻りますが、森脇先生は最終講義の中で、今までの研究や教育の経験、そしてそれらを通じて感じたことを順を追ってお話されました。
しかし自慢のようなお話は何ひとつなく、「あの時自分はこんなことにも気付かず、本当に馬鹿だなあと思った。」とか「こんなことすら自分は知らなかった。本当に勉強不足を痛感した。」とか、そんなお話を幾度繰り返されたことでしょう。
古代ギリシャの大哲学家ソクラテスが「無知の知」(自分は何も知らないということを知っている)と自らを表現したことはあまりにも有名ですが、僕は先生の講義を聴きながら、まさにソクラテスの姿を見るような感慨に耽っておりました。
私の好きなあいだみつをさんの詩の中に「一生勉強 一生感動」というのがありますが、私たちは分かったようなつもりでも、実はほんの表面だけしか分かっていないなんてことは山ほどあります。
尊敬する森脇先生の最後の講義のお姿を忘れることなく、常に謙虚に、日々勉強を重ね、それを実践し、いつか「お前もやっとまともに勉強するようになったなあ!」と褒めていただけるように頑張りたいと思います。
森脇先生2
森脇先生からの貴重なメッセージ
百年記念館から見える神戸の街並み
百年記念館から見える神戸の街並み
景色がまるで一枚の絵画の如く見えるように設計されたそうです
2.アレテー
皆さんは「アレテー」という言葉をご存知ですか?
実は上記森脇先生のことを書くときにソクラテスの「無知の知」について調べていて見つけた言葉なのですが、アレテーとはギリシャ語で「魂のすぐれてあること」あるいは「人間としての善=徳」という意味で、ソクラテスが最も重視した概念なのだそうです。
私がいつも勉強させて頂いている京セラ創業者の稲盛和夫氏が、「人は何のために生きるのか」というお話の中で、「人生の目的にはいろいろあるが、それらを突き詰めていくと、『魂を磨くため』と言えるのではないだろうか」というお話をされたことがあります。
まさにこのことは古代ギリシャの哲人ソクラテスが唱えた言葉と同じであり、あらためて稲盛氏の思いの深さに感動した次第です。
では「魂を磨く」、「徳を高める」とはどういうことなのか?
それはズバリ「世のため人のために尽くす」ということだと僕は思っています。
言うは易く、行うは難し・・・。
「アレテー」を心に、小さなことでもいい、日々実践したいと思います。
色紙
「磨いただけは 光るなり 性根玉(魂)でも 何の玉でも」
子供の頃家にあった永源寺 管主 雄峰さんの色紙
H16年7月のコラムでも同じ色紙を紹介していましたスミマセン)

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