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Miyajima News

2004年11月8日

天気晴朗ナレドモ浪高シ

【H16年11月のコラム】
天気晴朗ナレドモ浪高シ
戦艦三笠1
横須賀市三笠公園にある戦艦三笠と東郷平八郎銅像

『かつて坂の上にある青い空に浮かぶ白い雲を
ひたすら目指して生きていた人がいた。
しばらく彼らを追ってみようと思う。』

これは日露戦争をとりまく日本の開化期を描いた司馬遼太郎氏の大作「坂の上の雲」の冒頭の部分です。
日清戦争から10年後の明治37年(1904年)2月10日に日露戦争は開戦したわけですが、今年はその100周年にあたります。
世界中の誰もが信じて疑わなかったロシアの勝利。
軍事力も財政力もロシアに劣る日本がなぜ勝てたのでしょうか?
戦争は決して許されるものではありませんし、このとき勝ってしまったがために日本は軍国主義に走り、太平洋戦争に突き進んでしまったとも言えますが、このころの日本人の魂は、列強からの干渉にも決して屈しない強さと未来への夢を持った、まさに「青雲の志」溢れる気高いものだったと思います。
「坂の上の雲」の中で一番のハイライトは、なんといってもバルチック艦隊を破って戦争の勝利を決定的なものにした日本海海戦でしょう。
連合艦隊の旗艦は「三笠」でしたが、先日横須賀のお客様を訪問した際、少しの合間を見つけて三笠公園に足を運び、念願の「三笠」を見学してきました。
なぜ「念願」だったかと言いますと、総司令官東郷平八郎が雨の如く砲弾が降る中で、びくともせず船上に立ち、号令を出し続けたという場所に、印がつけてあるという話を聞き、是非ともそれを見たいと思っていたからなのです。
戦艦三笠2 戦艦三笠3 戦艦三笠4
東郷さんが立っていた場所と、そこからの景色
話は少しそれますが、アメリカのウエストポイント陸軍士官学校では、「突撃」の命令を出す時は「Follow Me(俺に続け)!」と言うそうです。
東郷元帥の姿は、まさにそのものの姿であったことでしょう。
日本海海戦から約100年経った今、東郷元帥と同じ場所に立ち、単純だと笑われるかもしれませんが、当時を想像し、感慨に耽ってまいりました。
リーダーは、ややもすると口先だけの「後方司令官」になってしまいがちですが、やはりいつの時も先頭切ってチームを引っ張っていく「真のリーダー」でありたいと思います。
私 弟
私と弟の俊介です。
Be a Leader,not a Manager. / Jack Welch
(マネージャーになるな、リーダーになれ。/ジャック・ウェルチ)
(注1)表題のご説明
「敵艦見ゆとの報に接し、われこれを撃滅せんと出撃す。本日天気晴朗なれども浪高し」
日本海海戦を告げる電文。海軍参謀秋山真之が作成したとされる名文です。

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